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ずいぶんと間が空いちゃいましたが

Project2は元気でやっております♪


最近はロゼオ水戸のライブを第一日曜に寄せていただき
第二日曜は龍ヶ崎音楽村で定期出演させていただいてます。

また、印西バンドストックの方でも
年2~3回の開催とは言ってもコンスタントにお誘いいただき
ロゼオ水戸は定期出演の他、ロゼオ祭をはじめとした
年に何回かの祝日のイベントにもお誘いいただいてます。

音楽村の交流から、龍ヶ崎では第二週の音楽村の後
フォーク伝昭和で遊ばせていただくことが多くなり
そこから、焼き鳥ジェームスでの催しにも声をかけていただいたり
佐貫のニャンピースでもこけら落としで演奏させていただくなど
結構、忙しくさせていただいております。
・・・あ、ロゼオ水戸での縁からひたちなかに行ったり
笠間のイベントに出演させていただいたりもしました。


頑なに首都圏で頑張る人たちに言いたいのは
『お金のかけ方、考えてみてはいかが?』です。

”東京で・・・”という気持ちはわかりますが、
それをやるのは地元でしっかり地盤がある人です。
「東京に行けばなんとかなる」なんてのは
家系からの脱却でしかありません。
家業を継がず家系としては目新しい職に就くのだから
サラリーマンになることにポジティブな人の言い分です。

何らの夢を追うのであれば
必要になってくるのは応援してくれる人の数。
地元の総人口があまりにも少なければ
最寄りの”それなりに人口がある地域”に出て
まずはそこで地盤を作るんです。

そして、そんな人たちが集まる地域が地元であれば
ハングリーな人を相手に切磋琢磨して
その地域で頂点に立った人が更に
近くのもっと大きな街に進出し、
札幌、仙台、横浜、名古屋、大阪、福岡などの
大都市で上り詰めたらいよいよ東京なんです。

そこで重要なのが、
『東京が格上なわけではない』ということ。
元々が東京の家系の人たちは
様々な面で利便性が高いことは利点となるから
それなりにやれる人も確かに多いわけですが
東京に住む多くの人たちは家系を脱却した人や
東京へ行けばなんとかなるという勘違いをした人たち。
つまりは各地域の大都市で上り詰めた人たちが
利点を手に入れるために東京にくるのが本質なんです。

本質に合致した流れで東京を利用すれば
”追う夢”からの収益で最低限には生活できるから
生きるために働かないと・・・が不要な分、
時間を有効に使えることになるわけです。
忙しさを理由に”やらない”ことがなくなれば
要否に関わらず多くの人脈をを築くことになり
大きな人脈にたどり着く確率が向上しますよね?
”やらない”で逃す人脈がそれである可能性は
誰も否定することはできないのですから。


以上、『東京はお金がかかるだけの街』って話です。
上り詰めた人はやるだけやれば良いから
そうではない人に進言しておきましょう。

さて、お金のかけ方を考え直す際に
一つ目は無駄に東京に出て行かないことでした。

そうなると交通の便が悪くなるけど
逆に家賃の相場は下がるわけです。
現状の収入を維持できるのであれば
家賃にかける費用で駐車場も付いちゃう方がお得でしょ?

また、ライブ会場って職場の定期の範囲にある?
多分、儲かってない人たちが使う会場は
交通の便はそこそこだけど駅近ではないとか
逆に本腰入れて働いてないってことは
職場が不便な立地だったりするんじゃないかな?

言い換えれば、行き来するだけでもお金がかかり
運搬が大変だからタクシーに乗ったり
あるいは機材や衣装を最低限に抑えたりしてない?
電車賃よりはガソリン代の方が安あがりだし
タクシーを使う費用も合わせたら
車を買っちゃったほうが安いかもしれない。
ま、駐車料金とかもあるから高くつくんだけどさ、
機材や衣装に妥協しなければ
もっと注目される可能性だってあるわけでしょ?

そもそも、家賃の出費を抑えたら
当面は駐車場よりも機材や衣装に充ててほしいんだ。
ライブっていうのは演奏が上手ければ良いわけではない。
何度も録り直しができて最大限を引き出せる
CDの方が演奏のクオリティは絶対に高いし
ライブ会場ってのはリハと本番でさえ音が変わる。
つまりは音質も最大限は見込めない場所なんだ。
聴いてもらうだけなら絶対にライブよりCDでしょ?

やはりライブってのは”見える”ものなので
”今”を感じられるから良いわけです。
ちょっと演奏が粗くても姿が見えるから
許せるポイントってのも出てくるわけですよな?

どうせ見えるなら、現実感丸出しよりも
現実離れした出立のほうが良いのでは?
プライベートでは絶対に見れなそうな衣装、
それでもこの人だけはプライベートでも着てそう?
と思わせるようなキャラクター、
すべては見えるが故の、ステージと客性という
立ち位置の差による特権なんです。
だからここは妥協してほしくないんですよ。

家賃が浮いた分でしっかり衣装を調達して
機材もなるべく自前で揃えきって、
一段落して出費が落ち着いたら
少しお金を貯めてから車を買えば良い。
出費が上回ったとしても
パフォーマンスが向上すれば取り返せるから。

ま、お金のかけ方、考え直してみませんか?

年内最後の音楽村♪

龍ヶ崎の”おくら”です。
12/13(日)です。
Project2でエントリーしてるけど
ゲストで震撼させる予定です。

Project2としての年内は
12/13の音楽村と12/27のロゼオ水戸です。
・・・boogie的には
12/22にFour-Tune Makersのサポートで
大塚Welcomebackがあります。
(ともろーワンマンのオープニングアクト)

ロゼオ水戸は雨率高いみたいなので
もしかしたら年内の歌い納めが
12/13かもしれないのですよ!

ま、12/27がダメでも1/3があるしな(笑)

なんだかんだで

早くも来年の話が飛び交う季節になりまして、
Project2もご他聞に漏れずです(笑)

6月に遊ばせていただいた
印西BANDSTOCKの方で
来年の話の第一号が舞い込みました。

当然、ロックだろうが演歌だろうが
僕らはProject2ですから┐(´д`)┌ハイハイ

・・・が、日程が月末なので
ライブ自体の一発目はどうなることやら。
仮にロゼオ水戸が入ったとしても
野外である以上は微妙なのです((φ(・д・。)フムフム


それより今は、先日のFMSの続きかな。
たまたまテレビ番組用の撮影が入ってて、
オンエアされるかの結果待ち。

あとは、船橋まちかどミュージックステージの
登録完了待ちなんだよね。

どちらも不特定多数の人に
公然と聴いてもらうチャンスだから
実力が遥かに勝っていながらも
自前で集客しなきゃならない活動をする人たちよりは
圧倒的に大きな一歩を踏み出せてる。
あとは自分らがどの程度できてるか。
夏音の声と選曲だけなら
かなりハイレベルなはずだけどね( ̄ー ̄)ニヤリ


ま、そんなProject2だけどさ、
直近のライブはさいたま新都心なんだ。
またまた「はじめまして」の場所と面々。
なんだかんだって、
そーゆー活動が好きなのかな。

懲りずにロゼオ水戸(笑)

責任者の急逝から三週間ほど経ち、
面倒な処理のために
肩書きだけの”責任者”となり
一通りの月次処理が片付いた。

通常、責任者という肩書きを負う際
昇格(=昇給)も一緒にあるのだが
急な展開だったこともあり
正規に出世と言われるものではないが
他所から責任者を配置するのは
体裁上もよろしくないとかで
対外的な責任だけが廻ってきた。

一応、賞与評価の区分としては
ワンランクアップするようだが
本来は自分を評価する役割が
自分自身になるわけだから
評価者が変わってしまう上に
5ヶ月間、バッチリ進めてきたことは
評価において占める割合としては
低くなっちゃうんだよね。

まったくもっておかしな話だが
来年度には昇格するなり
元の立ち位置に戻れるなり
ちゃんとして欲しいもんだよな。


さて、そんな状況にあっても
音楽活動の手を休める理由はない。

ってことで、来週、9/23(水・祝)は
ロゼオ水戸ライブなのです。
今月2回目・・・って言っても
7月から9月の1回目まで
三戦連続の雨天だったりしてます。
ハラハラドキドキってのは
まさにこのことだよな、うん。

そして10/11(日)は
ふなばしミュージックストリートです。
行政公認のストリートライブイベントで
幸運にもProject2は屋内の会場。

10/25(日)はさいたま新都心の
駅前路上ライブイベント・元気ライブと
11/3(火・祝)はロゼオ水戸祭、
11/8(日)には久々の龍ヶ崎音楽村にも
出演できそうかな~っと。


ま、街中に流れるくだらない音楽を
価値ある音楽で塗り替えられたら
友人たちも大喜びじゃないか?

性格

極端な表現をしてしまえば、
生まれて以降、いつか死ぬ日までは
常に生きるか死ぬかが両翼だと思う。

そして、極論したときに
”死”となる考えがネガティブ、
”生”となる考えがポジティブ、
おそらくはそんな感じだろう。

そして生と死との最大の違いは
身体を動かせるか否かであり、
言葉を発したり頷いたりだけでも
死んだら出来ないであろう
何らの意思表示が可能ならば
それは生きていると言うべきだが
意思表示能力を失ってしまえば
死んでいるのと差はないと思う。

これだけだと脳死推進派だよね。
でも、科学や医学の技術推進を
僕は心底願っているんだけど
まだまだ未解明な点が多いから
それが解明されるまでの時間を
本人や周囲が楽しめるのであれば
脳死なんて必要ないとも思ってる。


その上で、Project2は動く。
本州の東南角にあたる千葉県から
車で高速を使わずに
北は青森の竜飛岬から
西は兵庫県の甲子園球場まで。
間にある全都府県に足跡を残し
当然のことながら
県内の東端、南端にも。

死んだらできない。
病気や怪我をしたら出来なくなる。
まさに生きてるからこその行動。

ライブだってさ、
お客さんが来ようが来まいが
呼んではいるのだから胸を張る。
会場や共演者には申し訳ないが
来るか来ないかはお客さん次第で
会場や共演者が原因なこともある。

お客さんを呼ぶ気持ちがあり
努力もしているのであれば
堂々としていれば良いわけで、
むしろ出演しないという選択は
誰も来なくて当然な過程の証。


出演を自粛する人は多くて、
お客さんが来なくて当然という
救いようのない輩も多いが
ノルマなしを謳っておきながら
威圧的な会場のせいもあるだろう。

まぁ、どっちにしても
音楽業界には不要な存在だから
相手にする気もないんだけどさ。

そう考えると有り難いよね。
不特定多数に向けて
発信させてもらえる場ってのは。


だから現状のProject2は
ロゼオ水戸でのライブや縁に拘るし
路上ライブの制度に興味がある。

船橋市内で月に1回でも良いから
路上ライブできたらなぁ・・・。

明日(8/9)は

6月以来の龍ヶ崎”おくら”です。

ほんと、”音楽村♪”って感じの
ゆるい空気感がたまらない(笑)

戦後の復興で活気に満ちた時代、
音楽が人々に元気と勇気を齎して
日本はここまでやってきたんだ。


僕なんかはそのおかげで
戦争の恐怖からも発展の苦難からも
隔離された時代を生きてこれた。

・・・ま、その頃の食文化が
健康に良くないものばかりだって
最近になって言われてるけど
爆弾が降ってくる恐怖とか
泥や草を食べるよりはマシだ。


そんなことよりも重要なのは
復興を支えたであろう音楽が
様々な文化の吸収によって
多様化を極めた時代があるなら
それは1980年前後の時期だと思う。

そしてやはり僕らの世代は
存分に聴き漁ることが許された。
お金の動きだけだったら
現代の歌い手さんの方が凄いけど
そんな時代になっても
心の奥に、記憶の奥底に、
あるいは生き様として残っている
”名曲”と冠される物たち。


作り手が、歌い手が、
更には聴き手があって
はじめて音を楽しめる。

移ろい行く時間の中で
誰もが奏でられる時代になり
それでも苦手な人たちに向けて
懐かしむ気持ちで奏でる。

それが僕なりの”音楽村”感。
完全にコピーして聴かせるなら
レコードの方が良いわけで、
それなりに手を加えてみて
懐かしみながらも
新たに楽しんでもらえるならば
きっと優れた楽曲を生み出せる。

どうせやるならそこだよね。
聴き手にマッチングさせながら
自作部分は試行錯誤するんだ。

なぜだろう?

現状の活動スタンスで
他に仕事をしなくちゃならないのは
自分にお金を使ってくれる人
(=ファンやお客さん)の絶対数が
完全に不足している証なのに
その足りないものに対して
いくらアピールしても
数値目標があれば絶対に不足する。

そして、すでにファンである人なら
アピールされなくても
見れる機会に集まるのが当たり前。
つまりは、アピール不要な相手に
うんざりされるほどアピールしても
むしろ客離れにつながりかねない。
無駄に時間を費やした挙句に
良くて現状の上限、悪くすれば
上限を下げてしまうこともある。


だってそうでしょ?
昔は今みたいに発信手段がなくても
ファンていうのはさ、
なんとか情報を見つけて
集まってくるものだったと思うよ。
多分、彼らもそうしていたはず。
そこまではしてもらえないなら
それはファンではないってこと。

ファンではない相手だから
熱心にアピールするのかもだけど
ただの客なら尚更だよ。
SNSってのはさ、他にもたくさん
見たい情報があるから使うんだ。
それを阻害することがあれば
邪魔になって情報は見なくなる。
ファンではないから
情報集めもしてくれない。
だから上限は下がっちゃうよね?


要するに、ただの客なら
絶対数を増やせば良い。
作品が良ければ音源は売れるし
観て楽しければライブに集まる。
その絶対数が増えるほどに
一つの発信が波紋のように広がり
しつこく発信しなくても
みんなの目には届くのだから。

しつこいアピールは自信のなさ。
絶対数を増やそうとしないのは
単なる思い上がりでしかないんだ。
どのように言ってみたところで
音楽だけで悠々自適でなければ
僕らと同レベルということになる。
作品やパフォーマンスは質高でも
人生として同レベルだったら
他の部分が劣るということ。

大した技量や裏づけがなくても
今の状況で活動してるProject2は
葛藤に苛まれる人々にとって
きっと何かの参考になるはずだ。

山があっても登らない。

その分、山がなくても登った気になれるタイプです。

苦労というのは、体験することよりも
想定できることが重要なのだから。

だって、そうじゃないとさ、
放射能で被爆された方々の苦労を
自分もしなきゃわからないだろう?
ってことになってさ、だからと言って
みんな被爆者になっちゃったら
それはそれで困るわけでしょ?

実践しなくても良い苦労があるのなら
それは苦労と感じる全てに適応するはず。


そもそも、苦労って何なの?

自分がやりたいことを出来る範囲で・・・
というのが人間社会の本質だと思うんだけど、
経済活動における成果とは
人それぞれってわけにはいかない。
・・・で、方法論を体系化し過ぎたのが
現代社会における歪みになっている。

個性を活かすのではなく圧し殺すやつね。

例えば、まったく同じことを言っても
喧嘩になる人とならない人がいる。
子どもの頃から誰もが経験してるだろう。

なぜ同じことから生じる結果が異なるのか?
状況に応じて結果が異なるだけならば
同じ人の同じ振る舞いでも結果は変わるが
必ず揉める人とそうではない人とは
おそらく分類することが可能なのだ。

常に場を履き違えるタイプもあるし
逆のタイプもあるにはあるのだが
”生理的に許せない”というタイプも
ここにはあると考えるのが自然だろう。


いずれにしても、必ず揉めるタイプがあり
教育されたケーススタディの中で
必ずそのようにせねばならないシーンが
許されないタイプが生じるということだ。

では、そのタイプは何をどうやっても
許されることがないのかというと
そんなことはないわけで、結局のところ
不似合いな振る舞いは嫌われるってことだ。


印象を受け取る側は人間であって
そんな本質の上で生きているのだから
誰かの目には無礼な態度も
肝心な相手が良しとする場合もある。

つまり、人には変えられない個性があり
それぞれが活きるシーンもあるのだ。
それは苦労するのとは真逆の発想で
苦労しなくても良いはずなのに
苦労を強いられる構造に問題がある。


人生に山を見つけたら
登りたいか否かで決めようじゃないか。
苦労すべきという人は
おかしい人なんだって割り切ってさ。

明日(7/5)はロゼオ水戸ライブ!!

なんだか、今度はパンダが相手です^^;

ま、相手が何であろうとProject2はProject2なので
”やりたい”ことをやるだけですね(笑)


さて、放置気味なmixiですが、
ちゃっかりとコミュに参加させていただいてます。
http://mixi.jp/view_community.pl?from=home_joined_community&id=4665499

で、そちらの主催のイベントにも参加しちゃいます!!

7/19(日)に、松戸市の馬橋の方で。
音楽居酒屋”馬橋 HAND-CLAP”です。
(千葉県松戸市西馬橋蔵元町125武藤ビルB1 047-710-8024)

弾き語りからユニット、3ピースにバンド構成と
盛りだくさんになってるみたいですが、
Project2はユニット枠での参加となります。

このところ、アコースティックでのライブも多く
そこでやってきた中から”何それ?”的なもので(笑)


観覧は予約が必要になるようなので
上記のリンクからコミュの方でチェックよろしくです(^_^)/

心地好い疲労感。

・・・今更ながらの筋肉痛っぽいやつ。

6/21(日)に印西BANDSTOCKに初参戦。
イベント自体は6/20、21の二日間に渡り
総勢12組がアコースティックライブを展開。

夏音の仕事の都合で日曜しか動けず
最初から楽日を希望した上に
出演順もトリを希望したりと
どこに行ってもやりたい放題。

打合せの席での様子から察するに
トップとトリは決まりにくいようですが
Project2的にやりやすいのはトップ。
トップかトリを希望したらトリだったので
トリが一番不人気みたいですね。

個人的にはあの”あなきん。”で
トリを努めたわけですから、
そして好感触のご意見もいただいてるし
現状で考えられるライブイベントに
臆する環境は何もないかな。


演奏の技量のみに関して言えば
これまでは自分達が最低限の目安で、
そんなレベル感であっても
技量で負けても展開で覆せるってのが
Project2の在り方だったんだけどさ、
最近はちょっと変わってきたかな。

自分達の技量が上がったわけじゃないけど
発想と勢いで凌駕し得るんだよね。
アコースティックライブ主体だから
奇抜なアレンジと夏音の声量だけでね。
自分達次第で見た人の感想が変わりかねない
危ういレベル感の中でやってるんだ。

ただ、それがプレッシャーになるかというと
そのぐらいは押し切れる自信があったり、
じゃあそれで満足かと言われれば
自分を超え続けることへの責任は感じるし
行けるとこまで行く覚悟もある。

上手い人を集めるなら仲間を誘うさ。
でもね、仲間の大半よりも楽しいんだ。
きびしい人が見たら
「よくそれで人前で演奏する気になったね?」
ってところもあると思うんだけどさ、
どんなに上手になったって
自分が楽しめなきゃ意味がないでしょ?
逆に、失敗を恐れずに楽しもうという姿勢は
人前で事を為すには技量よりも重要だよ。


仕事の都合で初日は見れなかったけど
僕だけでも6/19の準備に顔を出せたことで
主催者の想いを感じ取ることができた。

お金を稼げるレベルにならないと
様々な点できつくなるわけだけどさ、
音楽が持つ”人を楽しませる”力は
自分に対するモチベーションの魔法にもなる。

労力を費やすに連れて力が湧くから
経済的に我慢しがちな人々にも
楽しんでもらうことが出来る。

プロってのは凄いと思うけどさ、
一人でも多くの人に楽しんでもらう方が
僕には重要なことに思えるんだよね。

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